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■ 15号.2003.01発行


新年号特別企画


歴史的デフレに立ち向かって
意志で幸福をつくり出そう

松田仁宏(アニマトゥール弘報企画編集顧問)

万事宙ぶらりんが精神的に一番よくない。多額の借金がありながら生活は結構派手、いつ家計がパンクするか心配しながら日を送っている日本一家の家族は、職と多少の貯えがあっても浮かぬ 顔をしている。
だが、こうした中途半端な不安はもう無用である。どうやら歴史は常識を超えた巨大なスケールで展開しつつあり、現在の閉塞状況はその一場面 にすぎないようだ。 視野を世界に広げるだけでなく、時間尺度もケタ違いに拡大して歴史の中を悠々と生きていきたい。

 


資本主義の常態だったデフレ 世界的規模で長く続くか
 日本一家が気をもむのは当然である。昨年暮れに決まった2003年度政予算案では一般 会計の支出が81兆円なのに税収は41兆円しかない。こんな家計が続いたら次の世代は大変な借金を背負うことになるだろう。
  小泉首相はこうした異常事態を改革するため大声援をうけて登場したのだが、懸念されたとおり失速しつつある。マスコミは改革の成否を小泉さんの力量 や改革派・抵抗派の争いに集約して日夜報じているが、歴史の時間は尺度をひろげると全く違った風景が見えてくる。
  先ごろ日本経済新聞が連載した特集「デフレが蝕む」によると、デフレはすでに世界的な現象で今後長く続く可能性が大きいらしい。というのもグローバル化と技術革新がデフレの原因だからで、成長著しい中国も90年代後半から物価は下げ続けている。成長=インフレという資本主義の常識は通 用しなくなったのだ。
  それどころか1940年代からほぼ60年間続いたインフレ時代は長い歴史の中では例外的で、資本主義下の成長が続い19世紀の世界の物価は安定していたという。そんな周知であるはずの歴史的事実が、世界がデフレ時代を迎えた今日、あらためて注目されるようになったのである。

期待と不安に揺れた日々 前途見定めたら覚悟決まる
 日経の特集の中に「インフレからデフレの時代へ。経験則の死は世界経済の大転換を予告している」とややセンセーショナルな表現があるが、時間尺度を世紀単位 に拡大すると、経験則の復活ともいえるだろう。今にして思えば私たちは歴史から学ぶのを怠り、日々の現象に目を奪われていたのかもしれない。
  膨大な過剰債務を背負った日本のデフレ対策は容易ではないが、歴史の方向を見定めたら覚悟は決まる。何もしないのに月給が上がり、ローンで買った自宅の土地価格がハネ上がった時代、私たちは流れに身を任せておればよかった。バブルがはじけた後も期待と不安の中をたゆたい、覚悟を決める境地ではなかった。デフレという長期構造不況が不可避であると見きわめたら、甘い期待は許されない代わりに人生を主体的に生きる道が開ける。

後生の史家も驚く?平穏無事 例のない終戦後の58年間
 時間的尺度をひろげることは歴史意識をもつことである。資本主義下の例外的インフレ時代といわれる1940年代からの60年間は、第2次大戦終結の1945年から現在(2003年)までの日本の58年間とほぼ重なる。いま世界経済が大転換期を迎えつつあるとすれば、この時期を歴史として振り返り、そこから教訓を得ることも意味があるだろう。
  そう考えて後生の史家になったつもりでこの58年間を見直すと、その平穏無事ぶりにあらためて驚いた。軍国日本は完全な平和国家に生まれ変わり、占領下の農地解放、新憲法施行、警察予備隊(後の自衛隊)発足、それに自然消滅した大デモや大争議を除けば、全国民が国家の運命をかたずを呑んで見守る事態はただの一度も起きなかった。何度かの天災で少なからぬ 犠牲者が出たが、合計しても大戦末期の一夜の大空襲に及ばない。後生の史家は「日本人は経済成長の上り坂を駆足で、時には足踏みしながら登っていき、新幹線、万博、明石大橋などの記念碑を残した」と要約するかもしれない。
  この泰平は第2次大戦後、ほとんどの先進国、途上国が戦争、内戦を経験しているなかで特異であるだけでなく、日本の過去と比べても際立っている。

ペリー後に想像を絶する激動懸命に生き抜いた明治の人々
 試みに終戦の1945年を一世紀ほど溯らせ、日本の近代が幕をあけた節目の年、今から150年前の1853年(嘉永6年)を重ねてみよう。この年の7月、アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーの率いる軍艦4隻が浦賀に来航、開国を求める大統領親書を幕府応接係に手渡し、来春の再訪を約して那覇に向かった。鎖国令など眼中にない要求に腰を抜かした日本はいきなり国際パワーゲームの渦に巻き込まれた。
  その後の変化はすさまじかった。ペリー来航14年後には武家社会を廃して王制に復し、次いで府県制、学制、徴兵制を敷き、憲法、国会、鉄道をつくった。その間、戊辰戦争や西南戦争のほか多数の内戦を経て維新の反対勢力を制圧し、西欧列強をモデルに殖産興業、富国強兵のため全力で学び、働いた。安定した身分制にとって代わった優勝劣敗の競争社会を人々は懸命に生き抜いた。国運をかけた日清、日露の両戦争に勝利し、台湾と樺太の南半分を領有、韓国を併合して列強の仲間入りを果 たした。

精神的な健全さを取り戻す 浪費の時代脱する可能性も
  この荒々しいダイナミズムに比べると、私たちが戦後過ごしてきた58年は嘘のように平穏だった。その幸せは感謝しなければならないが、無事に慣れた人間は安逸が身にしみついてしまった。明治時代の写 真をみると軍人も人力車夫も芸者もどこか決然とした、引き締まった顔付きをしている。私たちと同じ人種とはとても思えない。
  すっかりヤワになった子孫たちが今後予想される長い冬の時代を乗り切っていけるだろうか、と心配になるが、人間には強い適応力があるから必ずしも悲観することはない。最も幸せだったのは敗戦直後、空腹をかかえて焼跡を歩きながら平和を実感したとき、という人が少なくない。よくないのは若者が将来に夢を描けない現在のような時代で、うつ病などの精神疾患や自殺は皆が貧しい時代は少なかった。ひきこもりなど、したくてもできなかった。
  デフレ時代に脳天気な幸福感はあり得ないが、浪費を楽しみ奨励するような社会は地球の限界からいずれ終止符を打たねばならない。デフレは先送りしてきたその課題の解決を迫り、新しい文明の創造を促す可能性もある。

意志がなければ幸福はない 時代を超えるアランの教え
 世界大戦の暗雲がヨーロッパを覆っていた20世紀初頭、フランスの哲学者アランはエッセー「幸福論」で不安な人、不機嫌な人に向かって「幸福であることを意志せよ」と求め「与えてくれた幸福など存在しない」「自分でつくる幸福は決して裏切らない」と書いた。尊敬するデカルトの明晰と「高邁な精神」をわが身に課した哲学者の強い意志がにじむ幸福論は、戦争と平和の時代を超えていまも読み継がれている(現代思想社教養文庫・宗左近訳)。
  それは冬の時代を元気に生き抜く知恵を私たちに与えてくれているようだ。

 

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羊と日本人
 毛をむしり皮をはぎ肉を食う人間に絶対服従する。その手先の一匹の犬に数百頭が仕切られる。まことに哀れな羊だが、人間、とりわけ日本人には似たようなのが多い。  精神分析家の岸田秀は「人間は本能の壊れた動物」という。脳が巨大化する方向に進化したヒトは、頭が産道につかえる前に未熟児として生まれる。すぐ立ち上がって親を追う動物とそこが違う。ヒトの多くは捕食と飢餓という野生であれば日常的に体験する危険と無縁に育つ。家畜は人間より成熟して生まれるが、やはり保護され安全な環境で育つ。その結果 、岸田がいうように家畜もまた本能が壊れている。
  まず壊れるのは生命にとって食や性よりもっと切実な自己防衛の本能である。戦後の日本で平穏に暮らしてきた人間や畜舎育ちの家畜は、飢えた捕食者や嫉妬と憎悪を抱く大小の敵が隙をねらっていることに思い及ばない。さすがの羊も柵を越えて侵入してきたイタチにわが子を拉致されたら騒ぐだろう。しかし永年やさしく接してくれた人間が最悪の敵とは、その日がくるまで気がつかない。人間の場合は敵とわかっても「そんなはずはない」と不快な現実から目をそらす。結果 は同じだ。

(天満すずめ)

 

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ユニバーサルな頭で
 バリアフリーを知らない人はあまりいない。では、ユニバーサルデザインと聞いてピンとくる人はどれくらいいるだろう?  ユニバーサルデザインに関するフォーラムのチラシとパンフレットを作成することになり、真面 目に資料を読んだ。
  バリアフリーは高齢者や身体障害者にとってバリアがあるという現実を前提にしてそれをなくす考え方だが、ユニバーサルデザインははじめからバリアという概念がなく、世界のあらゆる人にとって利用しやすく考えられたデザインのことである。
  ではユニバーサルデザインとは具体的にどんなデザインなのか、資料の知識をたたき込んだ頭で解説原稿を書いてみても、知らない人には何のことやらわからない文章になってしまう。これではユニバーサルどころかバリアだらけ‥‥。デザインがユニバーサルなら文章もユニバーサルでなければ。「原稿は誰が読んでもわかるものに」することが実に難しい、と実感した仕事だった。

(日頭真子)

“思い込み”は禁物

 土木の日のイベントの一環としてウツギの植樹をすることになった。ノベルティグッズの発注、植樹会場での足場やその他設営の手配などを担当した。
  “お金はできるだけ地元におとす”のポリシーどおり、足場などの設営は地元の業者にお願いした。これがナント恐怖体験の幕開け。最初の現場打ち合わせをすっぽかす、看板業者の手配を忘れる、植樹で使うスコップの種類はバラバラ、撤収はイベントの翌日と勝手に思い込む。あげくに参加者用ヘルメットに“あとで使える”自社のロゴ入りをおつくりになった。
  担当者を何度も何度も叱ったが、本人はまったく悪気がない。“田舎人の思い込みは恐ろしい。しかし撤収に来た同じ会社の人は優秀なお兄ちゃん。「田舎」とのわが方の思い込みも禁物だとわかった。結局、個人の資質なのですネ。

(前田直美)

「学び」と「出会い」が パワーの源
 国土交通省琵琶湖工事事務所の地域作戦として3年前に結成した瀬田川リバプレ隊。今年度中のNPO法人化をめざして12月21日、設立総会を開いた。
瀬田川関連の見学ツアーの参加応募者にすぎなかったこの団体は、瀬田川を「学ぶ」ことによって「もっと学びたい」となり「瀬田川を自分たちの手でよくしていきたい」に発展した。
  大手コンサル会社とともにアニマは事務局として3年前から運営を受け持った。が、NPO法人化という命題を設定されてからは、大きな方向転換に悩んだ。いつまでも事務局が仕切り続けてはならない。隊員さんに自主的に動いてもらわねばならない。−−隊員さんたちの大きな協力で今日の素地をつくることができた。
  総会では一番の懸案だった理事長はじめ理事・監事も決まり、認証申請も隊員がやることになった。知識も生活環境もすべて異なる隊員がひとつの法人の社員となる。人と人の交流と「学び」が生んだ瀬田川リバプレ隊。今度はこの貴重なNPO法人を応援できるアニマでありたいと思う。   

(道下弘子)

 

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渇望!超エリート学校構想
 経済評論の重鎮ジェフ・マドリックが最近著した「Why Economies Grow」で、成長の先行きについて「米国政府が、成長のインフラとして重要な高等教育へ資金をまわしきれていない」と指摘、「今後の米国の経済成長は不安」と主張しているという。
  高等教育が直接的な成長インフラなら初等中等教育はより基本的なインフラだ。太平洋戦争の敗戦国・日本にやってきたGHQは日本の教育レベルの高さに驚き、数学から微分積分を取り除こうとした。日本側交渉者が粘りに粘って残し、われわれの世代まではその恩恵に預かったものの、今では高校で理数系志望者にしか教育されていない。日本を堕落させようという目論見は、「ゆとり教育」という名の教育の落ちぶれぶりが示すとおり、成功したのである。
  日本を憂え一時は新党旗揚げまで考えた松下幸之助が、私財70億円を注ぎ込み1979年につくった松下政経塾。これは帝王学専門の高等教育機関だが、開塾した直後に幸之助は「あかんな。(塾生が政治家になるには時間がかかり)日本を救うには遅すぎた」と嘆いた。
  「遅すぎることはない」と気を持ち直して、エリートを多数輩出する初等教育から一環した学校をつくることを渇望する。もちろん親の面 接は必須で、寄宿舎制で厳しく仕付ける。理数系を強化し数IIIまでは当然、外交官並みの日本文化教育も行なう。優れた人材が多くいれば企業もよってくるし、都市の品格も高まるし、将来像も構築できよう。‥‥この超エリート学校構想に乗ってくれる人はいませんか。「Education education education」と教育に注力するイギリスのブレア首相をうらやむだけでは、あまりにも貧しい。

(道下弘子)

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その一人が誰だか、わからない
 東京の識者の間で流行っているジョークを教わった。  クリントンには百人の女性がいて、そのうちの一人がエイズ患者。その一人が誰だか、わからないので困っている。ブッシュには百人のテロ対策専門家がいるが、そのうちの一人はアルカイダ。その一人が誰だか、わからないので困っている。小泉には百人の経済学者がいて、そのうちの一人は本当の経済学者。親米派の小泉は米大統領と同じ悩みを共有している。
ジョークを解説するほど愚かなことはないが、専門家にはそれぞれ独自の見解や価値観があるので、多人数を集めれば集めるほど、意見の集約はむつかしくなり、危機と混迷が深まるようだ。多様な回答を一つに絞るのは、政治家の身の処し方や見識、格好をつければリーダーシップ。それらが不足しているという意味である。
  ところで、私には百人のゼミ生がいて、そのうちの一人は“かつての若者”のように世の中を憂い、社会を良くしたいという荒々しい意欲に満ちているらしい。しかし、優雅にみえる学生に取り囲まれた私には、その一人が誰だかわからない。

(有光弘和)

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