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■ 24号.2007.08発行


[プロフィール]

日高敏隆氏
1930年、東京生まれ。1952年、東京大学理学部動物学科卒業。1959年東京農工大学講師、1965年教授、1975年京都大学教授、1993年に退官し滋賀県立大学学長に就任、2001年から今年3月まで総合地球環境学研究所所長。現在、京都大学名誉教授、京都市青少年科学センター所長、京都精華大学客員教授。主な著書に「チョウはなぜ飛ぶか」「人間についての寓話」「春の数えかた」「人間は遺伝か環境か?遺伝的プログラム論」など。訳書に「利己的な遺伝子」「ソロモンの指環」などがある。2001年日本エッセイスト・クラブ賞受賞。


遺伝子にとって得か損か?
ヒトも動物も多くの遺伝子を残すために生きている

動物の行動は排他的で利己的な遺伝子に操られている。動物は種族のためではなく、自分の遺伝子を持った子孫をどれだけ多く残せるかという適応度(fitness)を高めるために、日々努力している。 人間も適応度を上げるために20万年生きてきた。いまの人々は動物行動学をもう少し理解し、人間がどういう動物かを考えるべき――わが国の動物行動学第一人者の言葉よ、文科省に届け。

はじまりはイモムシの気持ちを知ったこと

――日高先生の動物行動学のルーツは何ですか?

日高 小学校の頃から昆虫少年だというのは実はウソなのです。関心は全くなかった。戦争中ですから、体が弱く病気がちだった僕は「お前なんかいい兵隊にならない。日本にとって邪魔だから早く死んじまえ」といじめられていた。それで非常に憂鬱になり学校をさぼるようになった。ある時近くの原っぱに行ったら、たまたま小さな木の枝にイモムシが一所懸命ひっこらひっこら歩いていた。思わず「お前どこいくつもり?」と聞いちゃったんです。「何探してるの?」と。見ていたらイモムシが葉っぱをむしゃむしゃと食べ始めた。「ああ、お前これが欲しかったの」。イモムシは何も言わないけれど、虫の気持ちが分かった気がした。すごく嬉しかったのです。

    

超利己的な遺伝子が行動を操る

――動物行動学というと楽しそうな学問に思えます。

日高 動物行動学は生物学の一分野で、動物のさまざまな行動を生物学的に研究しようというのが始まりです。何がきっかけで動物は喧嘩をしたり仲良くなるのか。そのことが損なのか得なのか。行動の進化、赤ん坊ではしないことも大人になったらするようになるが、それは遺伝か学習か。要するに行動のメカニズム、機能、進化、発達の4つを研究するのです。
 動物行動学の考え方はずいぶん変わってきています。開祖ローレンツが一つだけ間違えていたと言われているのは「行動は種族を維持するため」ということです。ハヌマン・ラングールというサルのオスはハレムを乗っ取ったあと、そこの子どもを殺してしまう。子どもを殺したら種族は維持できない。でもオスにとってハレムにいる子どもとは血縁関係はないし、育児のあいだはメスに指一本触れることもできない。闘ってハレムを乗っ取ったのにこんなばからしいことはない。子どもを殺すとメスは自分になびき、自分の子どもを産ませることができる。メスも新しいオスとの間に自らの子どもを持つことができる。自分の子どもだからかわいがって育てる。結局種族は生き残るのです。
 つまり種族を維持するために何かをするのではなく、オスもメスも自分の血が繋がった子が欲しいと思っているだけなのです。大事なのは自分の遺伝子。ではどうして自分の遺伝子を残したいと思うのか。動物は遺伝子なんて知らないから、遺伝子達が増えて生き残りたいと願っていると仮定します。そうすると子どもを殺してでも自分の遺伝子を残そうと、遺伝子がボスザルを操る。結果的に自分の遺伝子も種族も残る。
 こうして40年ほど前、のちにドーキンスの「利己的な遺伝子」という本にもなった考え方が出てきて、行動学はガラッと変わりました。生物学の変化もすべてここからきています。
 遺伝子は排他的であり本来利己的で、自分が生き残りたいと思っているだけなのです。

    

――利己的遺伝子は男性諸氏にとって浮気正当化理論ですね(笑)。

    

日高 一夫一妻ではオスもメスを選ぶ。だから、女は得をしていません。

基本は適応度を高めること

日高 そこから新しく適応度(fitness)という概念が出てきました。環境に適応することも含めて自分の遺伝子を持った子孫をどれだけ多く残せるかということで、今の動物行動学の基本です。
 ダーウィンも「適者は多産である」と言っています。適者生存と説いたというのはウソ。Evolutionという言葉に「進」なんて意味は入ってないのに、進化と訳したからそう思われますが、進歩しているからではなく、たくさん子どもが産まれたから生き残っているのです。
 動物や植物たちは自分の適応度をできるだけ高めるために生きている。一所懸命努力し、やるべき戦略をそれぞれとっています。一夫多妻か一夫一妻かどっちがいいかも環境で変わります。

――遺伝子にとって得か損か、極めてシンプルですね。キリスト教徒はやってられないのでは?

日高 ドーキンスには『神は幻想である』という著作があります。出版するのに勇気がいったと思います。動物の行動を見ているとそうなってしまうのです。科学をやっていると神−人格神としての神があるとは思えない。ダーウィンは「神はない」と主張しているし、アインシュタインも「人格神はない」と言っています。神であるのは自然界の法則性であり、法則性に人格はないのです。

直立二足歩行が女性のおっぱいをつくった

日高 この概念で考えると人間の見方も変わってきます。今、われわれが問うべきは、人間はどういう動物かということです。
 人間は何を考えたのか直立二足歩行になりました。こんな状態の動物はほかにいません。
 これはホントかどうか分からないけれど、赤ん坊がおっぱいを吸うよりも何段階も前に男は女のおっぱいが好きです。見たりさわったりするわけで、なんでそんな変なことになっちゃったんだと(笑)。女性のおっぱいは本来は哺乳器官です。おそらくサルの場合、メスの性的シンボルというのは赤いお尻です。四つんばいで歩いているからオスはそれを目の前に見ることができる。しかし人間は立ってしまった。立って面と向かうようになった結果、お尻はむこうを向いてしまったので「私はいいメスでしょ」と示せない。オスもいいメスかどうか分からない。そうすると前向きにシンボルを示さなければいけない。じゃあどうしようかとなったとき乳房があったのです。お尻みたいに丸くふくらませて見せる。それでこんな変なことになったのだという説があるのです。

――極めて納得できます(笑)。

日高 データを取り実証するのは大変ですが、今のところそうじゃないかと。

人間は頭が良く「死」を知ったから、ヘンな理屈をつける

日高 人間は変な動物なのです。変な動物だけれども20万年も生きてきた。ライオンとかがいるアフリカで武器を持たない人間がどうして生き残れてきたのかを考えると、おそらく百人や二百人の集団を作って生きてきたからだろうと。人間は頭がいいから大集団になってもバラバラにならない。
 一方、人間は集団を作るから集団間の争いが起こり、戦争になる。
 ほかの動物には道徳はありません。損か得かだけです。殺し合いをすれば自分にとって損だからやめておこうと。損したくない−それだけ。集団間の争いはほとんどありませんが、道徳でも何でもない。ところがそれが非常に道徳的な結果を生む。人間の場合は損か得かで判断するのはよくないから、道徳的に高いレベルで考えなければいけない…なんて言っているから殺し合いがおこる。
 人間は争いになると因縁をつける。イラク戦争の時みたいに。<平和のための戦争>と言うのは人間だけで、ナンセンスな理屈付けも平気でできる。なぜそんな理屈をつけなくてはいけなくなったか。それは頭がよかったのと、死というものを発見してしまったからだと言われています。他の動物は死を知らないみたいです。だから気楽に生きています。

――老いもですか。

日高 知らないでしょうね。少し老いてくると他の動物に食べられてしまいますから。
 それで人間特有の悩みができてしまった。死後の世界とかを考えてしまった。そんなもの誰も見たことないはずなのに、全部分かってる(笑)。良いことをしたらこうなる、悪いことをしたらこうなる。そんなことをよく考えたなと思う。人間社会はそんなことでできあがっているのです。

    

人間はどういう動物かを知ることから生き方を考えよ

――教育でも動物行動学から得るべきことはいっぱいありますね。

日高 人間の集団の中には、自分の親兄弟だけでなく、よそのおじさんやおばさん、おじいさんやおばあさんがいました。子どもはそういう人とも付き合っていかなければならない。そこで学んでいくわけです。しかし人間は「教育しなければならない」と間違った考えを持った。昔は集団の中でいろんなことが学べたのに、今はほとんど学べなくなった。それが今の教育の大きな問題であって、このあいだの教育基本法改正でも改まっていないのです。

――今は見習うべき人がまわりにいない。

日高 昔は親がどのように子どもを教育するかという研究が数多くありましたが、教育しているつもりはないらしいということが分かったのです。子どもは親の行動を見て学んでいくのです。でも人間だけが子どもを教育しようとしている。1人で覚えるよりも教える方が早いと思ったのかもしれません。
 京都市で21世紀の理科教育をどうするかという市民会議が開かれました。理科の好きな子どもをつくろうという話になり、結局、子どもは人のやっていることを見ながら自分で育っていくものらしいということになったのです。そして京都市の教育の基本理念は「子どもは本来自分で育つものである」という認識のうえに立ちました。これはほかの自治体にはないことです。京都市はおおいに自慢していいと思っていたら、京都市の教育委員会から質問がきた。「子どもが自然に育つのなら教師も、学校も、教育委員会もいらなくなる。困るのではないか」。

――アホな…(笑)。

日高 子どもは大人(先生)がやっていることを見て覚えるのだから先生は必要です。学校も教育委員会もある意味では必要ですねと言ったら納得しました(笑)。
 人間も人間なりのやり方で適応度を上げるために生きてきました。人間はどういう動物かをちゃんと考えるべきです。そんなことを飛ばして、いきなり人間らしく生きるとはどういうことかを議論しても意味がありません。この時代にはもう少し動物行動学を理解したほうがいいのではないかと思います。そうすると無駄な議論をしなくて済みます(笑)。

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長すぎた制作期間
   6年越しの某社「100年誌」がようやく完成、納品した。6年って長すぎるやろう…先輩に聞いたら、途中で編集方針の変更やクライアントによる放置期間が3年以上あったりしたそうだ。わからないままに最後の編集を手伝ったが、結構楽しかった。なにより一番感じたのはチームワークの大切さだ。私たちの仕事は決して一人では出来ない。社員全員の努力と労力、印刷など他社の協力があわさって完成する。
 そんなわけでこの「100年誌」、喜ぶクライアントとは対照的に「赤字」と泣くボス、いらだつ編集顧問にみんなの汗が化学反応をおこして、なかなか味わい深い。

(C)

防災教育は役立つか?
 今年もまた豪雨が特定の地域に被害をもたらしている。アニマに入ってからは洪水、土砂災害、地震などの新聞記事に異様に眼が行くようになった。雨が続けば「どこかで河川が氾濫するんじゃないか」、地震が起きれば「そろそろ東南海地震が起きるかも」…。
 防災資料作成中にさんざん被害写真や映像を見てきたが、いざ自分となると「なにも起きない」と根拠の無い思い込み。もちろん備えもアクションもしていない。防災は自助・共助が決め手なのに、一人暮らしの身で災害に見舞われたらえらいこと。そろそろ防災グッズを揃えます。

   

(K)

   

ど根性精神はもういらない?
このところ提案書ばかり書いている。
 役所の発注は公平・公正をめざすという大看板のもと、企画公募と入札が主流になった。ビジネスチャンス拡大と思いきや、企業ランクの条件がついていると、入口でシャットアウト。条件なしのものは出来レース風だ。それでもど根性で提出するので徒労は増えるばかり。困ったものが企画提案で「行政の広報効果を検証せよ」というお題。商品購入などの態度変化を伴わないし、テレビ報道されたからといって「効果あり」ではない。人々のココロの中を覗かねばならない。
 一見「公平・公正」に見える発注形態。しかしそこには「おもしろがる」精神を汲むことはなく、仕事に使命感も見いだしにくい。品質も低くなるだろう。
 適切な発注スタイルに成長するまでには時間がかかろう。やっぱりアニマはど根性を継続するのみ。

   

(BOSS)

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ちょっと報告
 みなさま、いつもアニマニュースをご愛読いただきありがとうございます。紺屋の白袴を自認する不定期発行をお許しください。今号から天満すずめが勇退、理由は「人生の残り時間が少なくなったから」。この言葉には何も言えません。長い間ありがとうございました。というわけで、1号のすずめコラムを再掲します。    

笑うてる場合でっか

 大阪人は東京人にかなわへんのやないか。まあ、目エむかんと聞きいな。なるほど大阪人は賢いで。自分をアホにして笑えるのは大阪人だけや。大谷晃一先生が言うてはったけど、東京で「おれアホやねん」言うたら「そうですか」と真に受けるんやて。アホちゃうか。
 そんなアホに大阪のカシコがなんで負けるんや。それは大阪人がイラチやからや。おもろい話てなんや、ホンマか、ほで、どないすんねん、まだわからへんのか、しんきくさ、やめとくわ、でおしまいや。一刀両断、電光石火。たまに、それいこ、と乗ってきたら、はずれ8分に当たり2分や。東京人はその点、鈍うて自信がのうて有難たがりやからじーっと考えよる。大阪人が捨てたゴミをリサイクルして手堅う金にしよる。決断力はないけど企画力は大阪人の上をいく。そういうことやないか。
大阪人のプライドは日本一や。全国の田舎もんが99%(調べたわけやないが)の東京人はおろか、先祖の遺産で食うてる京都人よりずーっとプライドは高い。頭の働き抜群と思うてる。そやけど、考えてみ、この複雑な世の中、即断即決で渡れるもんやろか。早い話、イラチの大阪人で大事業家になった人がおるか。イラチやな、言われて、大阪の人間やさかいな、と満更でもない顔で笑うてるあんさん、笑うてる場合でっか。    

 アニマニュース1号は1998年夏に発行、9年でたった25号を数える貧しさながら、強制読者は300人から1200人に増えました。厳しくケッタイな世の中、ひとときの清涼剤になりますことを願って。

(BOSS)

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北京五輪の「八」
北京オリンピックは1年後、2008年8月8日午前8時8分に開幕する。8の多いナンバープレートは香港では高値で売れるほど、8は「八卦」をつくった中国人にとって最もめでたい数字だ。8はキリスト教でも「復活」を意味し、イスラム教でも悪くない数字らしい。
五輪開催は開催国の“国際化”の一里塚で、欧米の基準に合わせた国内改革が求められる。アジアで初めて五輪を開いた日本では、泥酔してゲロを吐いたり、立小便したりする風俗が批判されるとのキャンペーンもあって、以後、急速に減少した。日本やアジアで売れていたオート三輪も、東京五輪の翌年「三輪免許」が廃止されて、まもなく生産中止となった。ソウル五輪を契機に、韓国では表立って犬を食べる風習を止め、日本人のウォンの支払いはキーセン・パーティからエレクトロニクスなどへ転換した。一方、競技種目では、日韓で柔道、テコンドーが新しく加えられ、開催国の得意競技も国際化していった。
 北京五輪で「中国武術」の新設が認められなかったのは中国にとって残念だが、第二次大戦後で初めて、アメリカ合衆国とロシア(旧ソ連)以外の金メダル最大獲得国が生まれるかもしれない。国際的に批判の多い製品や特許も、急速に改善されていくと期待しよう。環境・風俗の面では、トイレと喫煙を含む大気の改善が急がれているが、有害物質を含む黄砂まで視野に入れると、大国だけにこちらの国際基準へ適合の道は長そうだ。
日本でも八は「末広がり」のめでたい数字だ。しかし、「うそ八百」とか「うそのサンパチ」とも言う。同じアジアでも「南京大虐殺三十万人」などのオーバーなカウントの風習と、広島原爆直後の死者二万五千人という控えめな日本と、国際基準はどちらに軍配をあげるのだろうか。

(有光弘和)

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