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02.宮川康子「伊藤仁斎と懐徳堂--江戸の学校が教えるもの」
日時:2009年12月12日(土) 午後2時~4時
参加費:7,500円(事前申し込み)
定員:7人
会場:京都市伏見区桃山水野左近東町76 京阪・近鉄「丹波橋」徒歩10分、(株)リブアート内

●ゼミナール概要

伊藤仁斎と懐徳堂--江戸の学校が教えるもの
フランスで無名のルソーが学問芸術論を書いて一躍有名になったのは1750年のことでした。この中でルソーは「学問芸術の光が地平にのぼるにつれて、徳が逃げていくのがみられる」といい、学術よりも徳の重要性を力説しました。この言葉はそれより半世紀も前に現れた日本の思想家伊藤仁斎の言葉を思い起こさせます。仁斎は「学問が高遠になればなるほど徳は衰える」といって朱子学的形而上学を排し、日用卑近の人倫の道を説いたのでした。重要なのは仁斎が町人の出身で、支配者の視線からではなく民の立場から道を説いたということ、そしてその思想が人間へのまなざしで貫かれているということです。この点でも、仁斎はルソーと同じ啓蒙主義の先鋒なのです。
仁斎の学問は日本の思想史に大きな影響を与えました。そこから生まれた啓蒙思想の流れは、大阪に生まれた懐徳堂という学校に受け継がれます。当時日本の貨幣経済の中心であった大阪にもっとも先進的な学校が生まれたことは偶然ではありません。貨幣経済がもたらした社会変動は、人間について世界についての根本的な問い直しをもたらしたのです。ルソーがソクラテスの無知の知を引き合いにだしたように、仁斎も「知ることを知るとし、知らざることを知らざるとなす」という孔子の言葉を引きます。そして孔子に帰ることによって「学問とは何か」をもう一度問い直そうとしました。
ここから生まれた学校は明治以降に生まれた近代の学校とはまったく異なるものでした。それはなぜなのか。私たちが近代学校教育の中で見失ったものがそこにあるのではないでしょうか。私たちは今一度「学問とは何か」を根本的に問い直す必要があると思います。

●宮川康子【プロフィール】

1953年東京都生まれ。神戸大学文学部卒業。大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。千葉大学留学生センター助教授を経て京都産業大学教授。専門は近世日本思想史、主要な研究テーマの一つは、18世紀大坂の懐徳堂に参集した富永仲基や山片蟠桃を始めとする同人たちにより開花した「近代的知性」の解明。 【著書】『富永仲基と懐徳堂―思想史の前哨』 (ぺりかん社、1998年) 『自由学問都市大坂―懐徳堂と日本的理性の誕生』(講談社、2002年)
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